インメルマン・ダンス

主に嫌いな物や腹立つ物について書いていきます。

なけなしの金で食ったラーメンがめちゃくちゃ美味かった話

どうも。多重債務者です。

さて、金を借りている人間も金を借りていない人間も共通でみんな大好きなものといえばおいしいごはんですが、その中でもラーメンが好きという人は少なくないのではないでしょうか。

先日、『カス』の金のない友人と一緒になけなしの金を握りしめて、凍えた体を溶かすためにラーメン屋に入り、こんなラーメンを食べました。

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なんとこちら、生卵はオプション追加料金などなしでデフォルトでついてきます。

こってりとした醤油味の中華そば。何も奇を衒ったところがなく、見た目通りシンプルに美味い。

ラーメンの味について語るのはここまでにしたいと思います。僕はラーメン評論家という人間が下痢と同じくらい嫌いなので。


僕は食事の美味さは、食材の質1割、料理人の腕1割、自分の好み3割、そして残りの5割は食べるシチュエーションによって決まると思っている。

なけなしの金で食う飯はいつでもなんでも美味い。

腹が減っている時に食う飯は、暑い時に食う冷たい飯は、寒い時に食う温かい飯は、何より美味い。

コロナウイルスのワクチン2回目接種にて夜中に耐え難い高熱を出した時、水分は事前に用意していたのでもちろん事足りたのだが、とにかく塩分が足りなかった。

そこで、夜食にしようと思って食べていなかったファミマの塩にぎりを食べたのだが、たぶん僕の人生の中で今のところ一番美味かったものはこれだと思う。マジで『命』の味がした。


この例は極端すぎる気もするけれど、ともかく、食事によって得られる幸福感は、食事よりもその周りの環境、人、シチュエーションによって大きく変化するのだという主張は変わらない。

だからこそ、金のない中、金のない友人と、寒空に耐えきれず駆け込んだラーメン屋で食べたこのラーメンは最高に美味かったのだと思う。


逆に人生で一番まずかったラーメンは、バイト終わりにひとりで入った、そこそこ名のあるラーメン屋。

味は美味かったと思う。しかし、何がまずかったかって、店長らしきオッサンがネチネチとバイトの兄ちゃんに延々小言を吐きまくっている様を食ってる間ずっと見せられたことだ。

味はたぶん美味かったと思うのだ。だけどマジで記憶が無い。ただただ、「あのバイト可哀想だったな」という記憶だけが残って、味なんて全く忘れてしまった。辛いのがウリのラーメン屋で、印象に残りやすい味だったはずなのだが。


来月、小学校以来の友達と焼肉に行く予定だ。

思い出話に花を咲かせて、美味しい思い出になるといいなと思う反面、コミュ障陰キャなので、成長してDQNになったかつての友達にビビって気まずくなるかもなぁという予感がしている。

あと金が無さすぎてマジで行けるか分からないのが怖い。誰かお金をください。

本日は以上です。誰か、お金を、ください。

大三元を上がったって話

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中学生の頃から麻雀に憧れがあった。


なんとなく、他のテーブルゲームと違って、ダーティーなイメージがカッコよかったから。

当時持っていたPSPでできる麻雀ゲームがないか、古本市場の中古コーナーを見漁って、1500円くらいで売っていた『涼宮ハルヒちゃんの麻雀』というゲームを買ってプレイしていた。

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涼宮ハルヒちゃんの憂鬱』という、『涼宮ハルヒ』シリーズをデフォルメしたスピンオフ的な作品を元にした麻雀ゲーム。

キャラクターの下にあるゲージが溜まると、必殺技を使うことができる。主人公の『キョン』の場合は、リーチもしくはテンパイとなる打牌をする際に、対局相手をひとり選んで「好きだ!」と告白することでそのキャラに強制的に当たり牌を出させて一発ロンできるという滅茶苦茶な必殺技。

MJとかの他の麻雀ゲームでやられたら台パンものである。クソゲーすぎる。

とまぁ、原作さながらのドタバタ超能力麻雀を楽しむこともできるほか、必殺技をオフにして通常ルールで打つこともできる。

僕はこのゲームをやって麻雀の大体のルールを覚えた(最初の方は鳴いて無役でアガれないとかが意味わからなくてマジでバグだと思っていた)。


最近はスマホで麻雀ができるアプリが多く出ていて、特に『雀魂』なんかは可愛いイラストが使われていたり、アニメやバーチャルYouTuberと多くコラボしたりと、だいぶ麻雀というゲームのとっつきにくさがとっぱらわれたと思う。

以前書いた『カス』という僕の所属しているLINEグループでもよく雀魂で麻雀をやっているのだが、先日初めて役満大三元』をアガることができた(僕は基本的に役牌を鳴いてポンとかチーとかしまくったり、テンパイ即リーとか速攻狙いの打ち方なので、高い役を狙うことが少ないのだ)。サムネはその時のスクショである。

大三元を上がった時は普通のルールだったのだが、「ポンやチーなど鳴くかどうかの選択肢が出たら絶対に鳴かなければならない」というルールの、鷲巣麻雀ならぬ『カス麻雀』もやったりしている。ちょっと事故るともう役なしフリテンになりかねないため、老頭牌や役にならない風牌を早めに切るなどの戦略性が求められ、これはこれでなかなか面白い。


いつか点数計算ができるようになったら、雀荘で飲み食い吸いしながら麻雀を打ってみたいと思うが、いつになることやら。

そもそも鈍臭いのでチョンボをしない自信が無い。

今度、もしかしたら友人だけで卓を囲んで実卓麻雀をするかもしれないので、それができた暁には記事にして上げたいと思う。

UFOキャッチャーの話

f:id:bachigai19:20211205220310j:plain2週間継続を待たずして、ブログである程度読み応えのある記事が書けるようなネタが尽きてしまった。

そこでカメラロールから適当に画像を持ってきて、それを元に短い記事を書いてどうにか繋ごうというわけである。

こちら、セガのUFOキャッチャーで獲得した、チェンソーマンのデンジ&ポチタのクッションだ。


皆さんは普段UFOキャッチャーは遊ばれるだろうか。

僕は中高生の頃によくやっていた。当時の小遣いは3000円で、それをほとんどUFOキャッチャーに費やすくらいハマっていたと思う。

当時は『アイドルマスター』『艦これ』等のプライズ化の多いコンテンツにハマっていたこともあり、アナスタシアや多田李衣菜、浜風や陸奥などのフィギュアは見かける度に取っていた。

しかしフィギュアを入手しても、開封しないまま机の上にしばらく飾って飽きたら売ってしまっていたので、アームの動きによってフィギュアの箱がぐいっと大きく動く瞬間の脳汁目当てでやっていた節がある。当時から根っからのパチンカス気質だったってワケ。


最近は『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』のフィギュアが多く、どちらも好んで見ていない自分にとってはあまりそそられないのだが、チェンソーマンがアニメ化してデンジくんやマキマさんのフィギュアが出だしたらめちゃくちゃやりだすようになると思う。

日常の謎以外のミステリを受け付けない体になってしまった話

小説、ドラマ、映画、アニメ、ゲーム。

媒体問わず、『ミステリ』は面白い作劇のために必要な要素を多く兼ね備えた、強いジャンルである。

ミステリで解決すべき謎は、読者(視聴者)の興味関心を掴まえる『フック』になるし、犯行に至るまでの犯人の動機や、関係者たちの人間模様といった『ドラマ』に引き込まれていき、最後には推理による事件解決という『カタルシス』が得られる。

謎が生まれ、それについて調べ、それを解き明かす。話の流れが、自然と作劇の基本に沿うような作りになるため、ミステリは複雑なトリックなどを考えなければ、案外創作初心者に易しい題材だと言えるかもしれない。


以前、このブログで書いたと思うが、僕は小学生の頃からミステリが好きな子供だった。

すみません、良いように言いました。正しくは、ミステリ作品を消費することで自分が賢くてクレバーな人物に見えると思い込んでいる、めちゃくちゃ嫌な気色悪いクソガキでした。

おそらく現代の日本で、子供が生まれて初めて触れるミステリ作品は『名探偵コナン』だろう。

コナンに始まり、ドラマ『喰いタン』、『謎解きはディナーのあとで』。ゲーム『逆転裁判』というミステリ遍歴を辿った僕は、中学までは、『ミステリ=殺人事件の解決』という狭い枠組みの中で生きてきた。


しかし、なんとなくミステリにも飽きてきた。今SFを知った気になっている大体のオタクと同様に『ハルヒ』や『シュタインズ・ゲート』でSFに触れた僕は、そういった要素のあるSF作品や、『カイジ』や『ノーゲーム・ノーライフ』など、ミステリとは呼べないが賭け事やゲームを頭脳と閃きで突破する作品を好むようになっていく。

そんなある日、例の今は無きブログ、『トリガーハッピーエンド』にて、僕はある作品を知る。

アニメ『氷菓』である。


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米澤穂信氏原作の『古典部シリーズ』を原作とした2クールのアニメで、原作シリーズ第一弾『氷菓』から第四弾『遠まわりする雛』までを映像化したものとなっている。

氷菓』のあらすじだけざっくり説明しておこう。すでに知っている方は読み飛ばしてもらって構わない。


いつも気だるそうな省エネ主義の少年・折木奉太郎(おれき ほうたろう)。彼のモットーは、「やらなくてもいいことならやらない。やらなければいけないことは手短に」。

そんな奉太郎は、今は世界を飛び回っている地元校OBの姉から届いた手紙により、神山高校に入学して早々、古典部への入部を強制される。嫌々ながらも向かった先の部室で、奉太郎は千反田える(ちたんだ える)という少女と出会う。

成り行きとはいえ、彼女の前でいくつかの『日常の謎』を解き明かした奉太郎は、ある日、えるに喫茶店へ呼び出される。

訥々とえるが語り出したのは、幼少期の思い出。今は行方不明となってしまった、優しかったえるの叔父・関谷純(せきたに じゅん)の話を聞いて、泣き出してしまったこと……。

「子供の頃、叔父の話を聞いて、私が何故泣いたのか。考えて頂けないでしょうか」

関谷純の過去、そして、神山高校で起こった過去の『事件』……。奉太郎と古典部の部員たちは、思わぬ真実に辿り着くことになる。


というのが『氷菓』の簡単なあらすじ。

当時の僕は衝撃を受けた。なんと、人が死ななくてもミステリは成立するのである。

一部のエピソードを除いて、このシリーズでは早急に解決すべき緊急性のある『事件』が発生しない。全て、「言われてみれば、たしかに」と思う程度の、普段なら気にも留めないなんとなく不思議な出来事。

やらなくてもいいことはやらない奉太郎は、それをスルーしようとするのだが、作中で好奇心の化身とまで呼ばれているえるの「私、気になります!」という魔法の一言によって、結果的に謎解きをすることになってしまう……というのがお決まりの流れである。

作中で解決した謎といえば、さっきのえるの依頼をはじめ、「中にいた生徒が鍵を持っていないのに施錠されていた教室の謎」とか、「毎週違う人間が借りに来る本の謎」とか。スリルもショックもサスペンスもない、小さな謎ばかり。

しかし、小さな謎だからこそ、そこには町で暮らす人々の素直な気持ちや、ひた隠しにしていた後悔など、心情がリアルに鮮明に描き出される。

僕はシリーズ二作目・『愚者のエンドロール』が一番好きなエピソードなのだが、この作品で描かれた人間模様は、フィクションじみていながらも古典部シリーズの中で一番生々しいのではないかといった感じで、心をぐちゃぐちゃにされたものだ。


そう。殺人事件を題材にしたミステリと、今お話した『氷菓』、ほか『ビブリア古書堂』シリーズ、『ハルチカ』シリーズなどの日常の謎を題材にしたミステリでは、決定的に違う要素がひとつある。

それは、『描かれる人間ドラマの幅広さ』だ。


殺人事件を題材にした作品で描かれる人間ドラマがワンパターンだと言いたいわけではない。

しかし、殺人事件を起こす動機に説得力を持たせようとするなら、弱い理由では許されないだろう。稀に、大した理由もなく殺したかったから殺したみたいなサイコ野郎が犯人で、動機に重きを置いていない作品もあるが。

殺人事件を題材にする場合、どんな人間ドラマを描いても、その行き着く先は殺人事件。誰かを殺したいと思うほどに大きい理由、読者(視聴者)も共感し納得できる理由となれば、その理由はなかなか狭い範囲に限られてしまうのではないだろうか。


その点、日常の謎を題材にしたミステリはかなり自由度が高いと言える。

なにせ、コナンとかでよく見る「そんな理由で殺したのか!」みたいな心配がない。ハンガーぶつけられたとか、茶髪の女ムカつくとか、トンデモ動機だとしても、やることが殺人などの大きな犯罪でなければまぁそこそこ許されるだろう。

そのぶん、重大犯罪が絡まない以上、謎解きの動機が弱くなりがちな点に関しては諸刃の剣と言ったところか。

友達間の軽い嫉妬や、小さな子供の無邪気。そういった些細なことが積もり積もって殺人事件のキッカケになり得ないとは言えないが、それら単体のみで殺人の動機とするのは難しい。しかし、日常の謎というジャンルはそういった些細なことひとつでも動機となり得る。ドラマを生み出す種になる。


僕は殺人事件を描いたミステリを消費しすぎてしまって、人間ドラマや犯人の動機に、「また色恋沙汰かよ」、「最終回に組織の陰謀を暴くのあるあるだよな」、などと斜めで見ることしかできなくなってしまったのだろう。

日常の謎はそういった飽きが、まぁいずれ来るのかもしれないがまだ来ておらず、しばらく新鮮な気持ちで楽しめている。


スリルやサスペンスに疲れたら、日常のほろ苦い人間ドラマから生まれる謎を楽しめる『日常の謎』モノを読んでみてはいかがだろうか。

物事の好き嫌いの物差しを無くしてしまった話

類は友を呼ぶとはよく言ったものだが、僕のブログを目に止めてくれた方の多くは、僕と同じアニメやゲームが好きな、いわゆるオタクの方が多いと思う。

今回の記事の内容は、オタクに限ったことではないけれど、少なからずオタクに深く刺さる内容なのではないかと思う。


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ご注文はうさぎですか?』というアニメをご存知だろうか。

まんがタイムきらら』連載の漫画が原作で、可愛い女の子たちが喫茶店でバイトしたり、学校生活を送ったりする、ゆるい日常系アニメである。

僕が中学生の頃に第一期が放送され、オタク界隈でマジでめちゃくちゃ流行った。

「あぁ^~心がピョンピョンするんじゃぁ^~」とかいうクソ汚い(元ネタは自己責任で調べてください)スラングがやたらめったら使われたり、ニコニコ動画にアップされている第一話では、世間で何か大きなニュースがある度にデカい赤文字で『衆議院選挙』『〇〇逮捕』『SMAP解散』などの書き込みがされ、オタクたちのニュース速報みたいな使われ方をしていた。ひょっとしたら未だに書き込まれているかもしれない。

実際に見に行ってみよう。


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(画像は12/2時点でのもの)

放送当時ほどの速報性には欠けるものの、未だに、一週間以内に世間で話題になったニュースが書き込まれていた。どうやら文化は健在のようだ。


とまぁ、エヴァハルヒけいおん!のように、社会現象とはいかないまでも、間違いなくヒット作と呼べるアニメなのである。

僕は中学生の頃、これをリアルタイムで見ていた。

第一期12話は全部見た。惰性ではなく、それなりに楽しく、女の子たちの可愛い姿をニコニコしながら見ていた。


それから8年ほどの時が過ぎて、先日。

いつものようにスマホアイビスペイントで絵を描いている時にふと思い立ち、久しぶりに見てみようと思って、U-NEXTを開いた。

普段趣味で絵を描く人にはもしかしたら共感してもらえるかなと思うのだが、作業の合間にラジオ感覚で日常系アニメを垂れ流すというのは割とよくやることだ。

バトルものや、そこそこ集中して見ていないとストーリーが分からないアニメに対して、こういう一話完結のゆるい日常系アニメは垂れ流すのに適している。

さァて、久々に心をぴょんぴょんさせちゃいまんッスかねェ~~。僕が8年振りにラビットハウスに帰還しちゃうってワケ。チノちゃんで思う存分ブヒれるって次第。

僕はMacBookタッチパッドに手をかけ、第一期第一話の、再生ボタンを押した。


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2話の途中でやめた。


言いようのない焦燥感が僕を襲う。

あれっ?こんなはずじゃない。嘘だ、もっと面白かった。普通に、何の不快感も、何のストレスもなく、可愛い女の子たちがキャッキャウフフしてる姿を遠目に見てたら気付いたら30分経ってたはずだ。

そうだ、これは偽物なんじゃないか?『ニセご注文はうさぎですか?』なんじゃないか?

ニセチノちゃんとニセココアちゃんたちがニセラビットハウスでコントしてる様子を見せられているだけなんじゃないか?

おのれ許せんU-NEXT。僕は再度、U-NEXTのトップ画面で『ご注文はうさぎですか?』を検索する。

ヒットしたのは全く同じページ。2話の途中で止まった視聴履歴もそのまま。


中学生の僕が心の底から楽しんでいた『ごちうさ』はどこに消えたのか。

有名な都市伝説である『千と千尋の神隠し』の幻のラストシーンよろしく、僕が記憶していたごちうさは、脳が勝手に補完した偽りの記憶……?


しばらく考えて、僕は、この『ニセごちうさ』現象が2つの理由によって起こったことであると結論づけた。


ひとつは、単純に年齢を重ねたことによる価値観の変化。

YouTubeで昔のガキ使の尖りまくった企画の切り抜きを見漁ったり、淫夢やなんJなどのモラルのないユーモアに触れすぎたせいで、ほのぼのとしたクスッと笑えるゆるいコメディでは楽しめなくなってしまったのだ。

ココリコ田中が道徳を失っている様子や、ホモビデオで「イキスギィ!」と言ってイく迫真の演技を見て笑った後では、ラビットハウスという名の喫茶店に入って「ウサギがいない!!」と騒ぐ異常者が出てきたところで面白いと思えないのだ。


もうひとつ。これが今回の記事のタイトルである。

『物事の好き嫌いの物差しを無くしてしまった』。


あまり分かりやすい例えが見つからなくて申し訳ないが、あなたは、友達から「今から公園でドッジボールしようぜ!」と言われて、快諾できるだろうか?

僕と同じ年の頃、20代前半の方だとして、少なく見積っても8割の人は「できない」「やりたくない」だろう。

「今の時期は寒い」、「服を汚したくない」、色々な理由が思い付くと思うが、一番は、『いい歳になってドッジボールなんて恥ずかしい』というところが大きいだろう。

たぶん、気心知れた友達を集めてドッジボールをすれば、今でも普通にそこそこ楽しいはずなのだ。

しかし、ドッジボールは小学生の遊びだという『常識』が邪魔をする。たぶん楽しいんだろうけど、たぶん何だかんだ盛り上がるんだろうけど、ドッジボールが『幼稚』で『ダサい』という認識が邪魔をする。


それと同じことが、僕と『ごちうさ』との間に起きているんだと思う。


「男のくせに、女の子たちが仲睦まじくしている様子を描いたアニメが好きなんて、キモい」

「もう大人なんだから、もっと深い作品を見ろよ」

「いつまで萌え豚やってんだよ」

「チーズ牛丼食ってそう」

「パチンコの方が面白い」


頭の中で明確な形になっていない、中学生から大学生になるまでに集めた偏見のコレクションが、僕の「面白い」「癒される」という感情にバツをつけて再提出を求めてくる。

「好きだ」という感情が否定される。

被害者ぶっているわけではない。これは自分自身のせいであり、責任だ。ある程度物事の判別ができる年になったら、自分の中に取り込む価値観は自ら取捨選択しなければならない。

僕は自分の価値観の育成に失敗した。


いずれ、また時が過ぎれば、細胞が死んで新しく生まれ変わっていくように、『ごちうさ』を正しく評価できる価値観に戻るのかもしれない。

皆さんは、好きなものを正直に好きだと、嫌いなものを正直に嫌いだと言えるだろうか。

願わくば、全てのオタクが『いい格好』をせず、ありのままの好き嫌いを自分の中に正しく持ち続けられるように。

真っ昼間の秋葉原で無理やり服を剥いで吸血鬼を〇すゲームの話

みなさんは普段どんなゲームをプレイされるだろうか。

ゲームなんてしない?くっさ、ハゲとるやないかお前。冗談は顔と頭だけにしろよ。あとお前喋ってる時口の端に唾の泡できててめちゃくちゃキモイぞ。俺らは家の中でゲームして遊んでるからお前だけ外で泥団子でも作ってろチンカス。〇ね。馬鹿が。

さて、これで僕のブログから香川県みたいな無能が消え去って安心というところで、今回は僕の好きなゲームの話をしていきたいと思う。


皆さんは、通行人の服を無理やり脱がしたことはあるだろうか。

男子小学生なら体育の時間にズボンを脱がし脱がされるのは日常茶飯事だっただろうが、20歳も超えた今、道行く人を無理やり脱がすなどという奇行、警察沙汰どころか即射殺ものだろう。

しかし、『現実では許されないことが堂々と出来る』というのが、ゲームの醍醐味のひとつ。グラセフで罪なき市民を〇しまくってストレスを発散した事のある人は少なくないと思う。


そんな、道行く人をスッポンポンにしてやりたいという許されざる欲求を満たしてくれるゲームがこちら。


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AKIBA’S TRIPアキバズトリップ)』。

アクワイアから2011年に発売されたPSP用ゲームソフト。2021年に10年の時を経てHDリマスター版がPS4用ソフトとして発売された他、同じくPS4にて『AKIBA’S TRIP2』も出ている。


オタクの街・秋葉原には、『カゲヤシ』と呼ばれるヒトの姿をした吸血鬼たちが、息を潜めて暮らしていた。

カゲヤシに血を吸われた者は、途端に無気力になり、『引きこもり』化してしまう……。

そんなカゲヤシを滅ぼすための唯一の手段、それは、服を脱がして肌を彼らの弱点である日光に晒して〇す、『脱衣の技』であった。

カゲヤシに襲われて行方不明になった親友のために夜の街を捜索していた主人公は、阿倍野優(あべの ゆう)という強力なカゲヤシによって瀕死の重傷を負わされる。

そんな彼を助けたのは、同じく強力なカゲヤシの少女、文月瑠衣(ふみづき るい)だった。


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彼女の血を分け与えられ、半カゲヤシ化した主人公は、人間離れした身体能力を得る代わりに、ほぼ全裸の状態で日光を浴びると死ぬ体質になってしまう。

カゲヤシ、カゲヤシを滅ぼさんとする政府組織NIRO、秋葉原市民。それぞれの思惑・思想が交錯し、それはやがて秋葉原全体を巻き込んだ大事件に発展していく……。


というのが大まかなあらすじ。

大袈裟に書いたが、『白昼堂々街中で服を脱がして敵を倒す』というコンセプトのゲームである。バカゲーでないはずがない。

そもそも、設定上主人公は半カゲヤシ化して身体能力が上がっているはずなのに、普通にその辺をパトロールしてる警察官のおっさんとかの方が強かったりする。


しかし、バカゲー故の『粗』が面白いゲームでもあるのだ。

このゲームでは、敵の服を脱がすことによって、その服をゲットすることが出来るのだが、逆に言えばレアな服をゲットするためには、その服を着ているキャラクターを『敵』にしなければならないということである。

作中で、警察官を装ったカゲヤシを退治するサブミッションがあるのだが、そこで手に入るのは男性用の警察官制服。婦警さんの制服は手に入れられないのだ。

そのためにはどうするか?

街中で一般人相手に攻撃を仕掛け、それを止めるために駆けつけた婦警さんをボコボコにして身ぐるみ剥がせばいいのである。

人を〇したりはしていないが、何故かグラセフよりよっぽど悪どいことをしている気分になる。他にも、何の罪もないチラシ配りの服を入手するために、無理やり近くでカゲヤシと戦闘をして、それに巻き込んで身ぐるみ剥がしたりだとか。

そんなことしなくても問題なくメインストーリーはクリアできるのだが、全ての服を入手するためには心を鬼にして非人道的な方法で市民の服を脱がしまくる他ないのである。脱衣の鬼になれ!


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あと、普通にストーリーも面白い。

ファイアーエムブレム風花雪月』をご存知だろうか。3つの陣営があり、主人公の選択、どの陣営に味方につくかによってストーリーが大きく変化し、これまで親しくしていたキャラを〇さなければならないことになったりして、その絶望感や背徳感、ルートによって変化するキャラ同士の関係性など、濃密な人物相関が高く評価されているゲームである。

風花雪月ほどではないが、このゲームもカゲヤシ、NIRO、秋葉原市民という3陣営のどれに味方するのかという選択が、ストーリーの結末に大きく影響する。

他のルートでは協力しあっていたキャラクターを、あるルートでは手にかけなければならなかったりと、バカゲーのくせに割と容赦のないシナリオでプレイヤーの心を抉ってくる。

たしか全部で6ルートほどあるのだが、トゥルーエンドが別格に完成度が高いのはもちろん、トゥルーではないグッドエンド、暗い結末のノーマルエンドも面白い。カゲヤシに協力するルートで、他のルートでは最初から最後まで敵だった阿倍野優と一緒にNIROのエージェントたちを殲滅できるのは、トゥルーエンドを先にプレイしているとなかなか感慨深いものがあった。

あ、1ルートだけ、「エンディングまでに妹に合計100万貢ぐ」という条件で発生する「妹エンド」があるのだが、これは正直しょうもない。ていうか普通に他のルートエンディングが流れた後にオマケで挿入される形なので、面白いとか面白くないとか以前に「ここいる?」って感じ。可愛いんだけども。


ここまでつらつらと、僕がこのゲームを好きな理由を書いてきたが、それよりも何よりも一番大きな理由は『メインヒロインである瑠衣の可愛さ』である。


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カゲヤシたちの妖主の眷属(簡単にいうと最強の吸血鬼の血縁者)のひとりであり、血の味のキスによって主人公の命を救った少女。

少し世間知らずなところもあるが、心優しく、カゲヤシたちが人間を襲うことに心を痛めている。のちに『穏健派』を名乗り、人間とカゲヤシの共存を目指して行動する。


僕は、アニメやゲームなど、いわゆる二次元作品において、シナリオの面白さを重視するタイプのためか、あまりキャラクター自体にめちゃくちゃ好きだという感情を抱くことがない。

しかしこの子だけはマジでめっっっちゃ好き。


主人公に対して、自分と同じカゲヤシが彼や親友を傷つけたことをずっと負い目に感じていたり、本来仲間であるカゲヤシの眷属たちから鬱陶しがられたり嫉妬されたりと爪弾き者にされていたりと、可哀想で儚げな一面もあるのだが、

「女性に年齢を聞くの、やっぱり失礼なんだって」と以前堂々と年齢を聞いてきた主人公にプクッとむくれたり、ゲーセンの格ゲーで対戦して負けたら「もう一回、もう一回!」と勝つまで再戦を要求してきたり(主人公が負けるまで永遠に再戦させられるのだが、3戦目からマジで勝てないくらい強くなる)などなど、ヒロインらしい可愛い一面もある。

可愛いヒロインはいくらでもいる。しかし、これほどまでに「自分が守ってあげないといけない」という気持ちにさせられるヒロインは、このゲームを初めてプレイした当時中学生の僕にとって、今までにないものだった。

声優は日笠陽子さんが演じられているのだが、他の作品では気の強いキャラを演じられることの多いイメージがある日笠さんには珍しく、か細い、柔らかな声色の声を聴くことが出来る。


アクションゲームとして遊ぶには粗が多く、アドベンチャーゲームとして遊ぶにはアクション要素が邪魔だったり、たぶん向かない人にはとことん向かないゲームだとは思う。

僕としても、人に「おすすめのゲームは?」と聞かれて、さすがにこのタイトルは出せない。たぶんおすすめのゲームを聞かれたら僕は『ペルソナ』か『ゴッドイーター』と答えると思う。

しかし、そういった良ゲー神ゲーでは味わえない、このゲームでしか味わえない『味』がこのゲームにはある。


もしこれを読んで遊んでみたくなった方は、是非最近PS4で出たリマスター版をプレイしてみてほしい。何なら貸すで俺。全然。

ではまた。